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大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)137号 決定 1961年7月10日

抗告人 沢巖 外四名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

抗告人等の代理人は、「原決定を取り消す。丹後海陸交通株式会社が昭和三三年四月二八日付でなした検査役選任決定に対する即時抗告の申立は、これを却下する。」との裁判を求め、その抗告理由は、別紙のとおりである。

抗告理由第一点について、

丹後海陸交通株式会社においては、商法第二六一条二項による数人の代表取締役の共同代表の定めがないから、その代表取締役の一人である宮崎佐平治が単独で右会社を代表すべき権限を有することは、右会社の商業登記簿謄本((記録七五丁)に徴し、明かであるから、右共同代表の定めがあることを前提とする抗告代理人の所論は、理由がない。

抗告理由第二点について、

本件検査役選任申立書ならびにその証拠関係を通覧すれば、本件検査役選任申請は、前記会社の昭和三二年一二月二〇日の取締役会決議に基き会社計算をもつてなされた自己株式取得行為による会社の損害の点を、その検査目的とすることが明かであつて、右損害を一事例として既往における会社の業務及び財産の状況全般の調査を求めるものでないことが認められる。したがつて、原審が昭和三三年四月二二日にした検査役選任決定中、右会社の「業務及び財産を検査せしむるため」とあつたのを、「昭和三二年一二月二〇日以降の自己株式取得行為に関連する会社経理および財産の検査」と変更して検査事項の範囲を制限したのは、むしろ抗告人等の申請目的にそうものであるばかりでなく、右制限によつても、抗告人等の申請目的を達し得るものというべきである。又、このように、検査役の職務権限の範囲を検査事項の点で制限しても、法律上これを不可とすべき理由はない。したがつて、原審の右変更決定は相当であつて、なんら違法の点はない。

以上の次第で、本件抗告は理由がないから、棄却し、民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 斎藤平伍)

抗告の理由

第一、抗告人は代表取締役が宮崎佐平治、椋平亀雄、相見憲治の三名の共同代表であつて、各自代表権がないことは、登記簿謄本により明白である。然るに、本件抗告は単に宮崎佐平治一人より抗告代理を選任して為されたが右代理人選任は不適法であるから結局本件抗告それ自体が不適法として却下せらるべきであるに拘らず看過して為された原決定は此点に於て違法である。

第二、

(一) 商法第二九四条は「会社の業務の執行に関して不正の行為又は法令若くは定款に違反する重大なる事実あることを疑うべき事由あることを前提として会社の業務及び財産の状況を調査せしむる為に検査役の選任を請求し原審は右事実を認め之を前提として検査役を選任したものである。

(二) 「同条は会社の業務及び会社の財産の状況を調査せしむることに付ては法律上別に何等の制限あらざるを以て独り現在の事に止らず必要あるに於ては既往に遡り調査せしむ可きものと解しなければならぬ。何となれば此規定は株主保護の為めに設け株主をして会社の事に関しては既往及び現在の事を知ることを得せしむる為なれば単に現在の事のみを調査せしむるのみにて既往の事を調査せしむることを得ざるものとするときは事の既往に関するものは毫も知ることを得ず。従つて現在の事を詳悉する事は出来ない」(明治三三・七・二大決録六輯七巻四頁)

(三) 右判例の指示する如く同条は(イ)発行済株式総数の十分の一以上に当る株式を有する株主の請求あり(ロ)会社の業務の執行に関し不正の行為又は法令若くは定款に違反する重大なる事実あることを疑うべき事由あるとき(ハ)会社の業務及び財産の状況を調査せしむる為検査役の選任を命じ得るものなれば(ニ)何時より何時迄の不正行為とか何時の不正行為又は法令定款違反の重大事実と指摘し其指摘したる事項のみの調査を求むるべき趣旨でなく例え例示せられた事実ありとも之を中核とし其仍て来れる素因と結果全般其他右指摘せられたると否とを問わず苟も右(ロ)の事実あり裁判所が業務及び財産の状況を調査する必要ありとせるときは検査役を選任すべきこと同条の立法趣旨に徴し明白である。

(四) 申立人等は単に会社の自己株買入の不正を其顕著なる事例として摘示したりと雖も其は一に斯る不正行為は当然会社資金の流通、其貸出方法、其使用方法等を例示したるのみであつて其時期も昭和卅二年十二月廿日以前に及ぶこともあるべく単に顕著なる事例として摘示したるものなる以上之に拘泥することなく之を中核として右取締役会の決議以前に遡り広汎且深遠に会社の業務及び財産の状況を調査すべきである。蓋し右自己株買入の一部を調査することを求めたるにあらずして「会社の業務及び財産の状況の調査」を求めたるものである以上其調査は会社の業務の運用、財産の状況に付具して健全なる運営ありや否や恰も人間の身体の健康其ものを調査し仍て以て会社の健康なる発展を期し之を阻害する病毒の除去を計る為にある以上一局部的健康診断にては足らざると同様である。

第三、之を要するに会社設立、整理及び待別清算の場合に選任される検査役は設立経過、整理及び特別清算の手続の調査と報告をなすものであるが、それ以外の場合に選任される検査役は総て会社の業務と会社財産の状況の調査及び報告をなすものであり(田中耕太郎著会社法概論・下巻四〇八頁、田中誠二編判例体系会社法二八七頁)その職務と権限について法律上何等制限を設けることは出来ないのであるに拘らず、この点を無視してなされた原決定は違法である。よつて抗告の趣旨記載の裁判を求めるため本申立に及ぶ。

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